■国旗

サフラン色と白、緑の3色です。サフラン色は勇気と犠牲、白色は真理と平和、緑色は大地と誠実を表し、中央の法輪は古代文明を象徴しています。
イギリス支配下からの独立を目指したガンディーが、独立運動の象徴として使用した旗のデザインを元にしています。中央の法輪は元々、独立運動時の「糸車運動」に使われた糸車です。イギリス支配以来、イギリス製の機械による大量生産品の綿製品がインド国内に流通するようになったことから、インド古来の糸車による製糸文化が衰退していったため、ガンディーは宗教闘争を超えて皆で糸を紡いで独立を勝ち取るという願いを糸車に込めました。
■面積・国土
3,287,263㎢(日本の約8.6倍)
インドの国土面積(領海を含む)は3,287,263㎢であり、世界第7位の広さを誇ります。これは中国の約1/3、日本の約8.8倍に相当します。陸地のほとんどがインド洋に突き出した南アジアの半島上にあり、南西をアラビア海に、南東をベンガル湾に区切られ、7,000kmの海岸線を有します。
北西部はパキスタン、北部は中国、ブータン、ネパール、東部はミャンマー、バングラデシュと国境を接しています。また、スリランカ、モルディブ、インドネシアと領海を接しています。

■首都:デリー
現在デリーという場合には、ニューデリーとオールドデリー及びその周辺に広がった新市街地を含む広い地域を指してデリー首都地域(National Capital Territory of Delhi)という行政区を表すのが一般的です。インドは、このデリー首都地域と28の州及び8つの連邦直轄地に分かれています。デリーは人口3,300万人(2024年時点、国連世界人口の見通し)で、インド北部に位置する首都です。中央アジアから南アジアへ抜ける交通の要衝となっています。ニューデリーは広々とした道路や整然と整理された街並みが特徴です。一方でオールドデリーは、ニューデリーの東側に位置するエリアで街はあまり整備されておらず、混沌とした雰囲気が漂います。
■気候
インド最北のカシミールは日本の九州と同緯度であり、最南の町カニャークマリは北緯8度です。
国土の大部分は、日本の感覚で言えば多くは「暑い」地域ですが、広大で地形も多様なインドの気候は、西部にみられる乾燥砂漠気候、北部の高山性ツンドラ氷河気候、南西部の湿潤熱帯気候と、さまざまです。
季節は、場所にもよりますが、一般に冬季(1~2月)、夏季(3~5月)、モンスーン(6~9月)、乾季(10~12月)に分けられます。
主要都市の気候は以下のとおりです。
デリー(北インド平野部)
過ごしやすい時期は乾季で晴天の多い11月から3月です。3月末から5月の日中は40度を超え、7月末から8月の雨季は湿度が上がり不快な日々が続きます。
ムンバイ(西海岸域)
年間を通じて高温多湿で、気温は30度前後です。最も雨が多い地域で、6月から9月はモンスーンの影響を受けます。乾季である11月から2月は、多少過ごしやすいといえます。
バンガロール(南部デカン高原)
3月から5月には30度を超えますが、年間を通じて涼しくさわやかな気候に恵まれており、インドで最も過ごしやすい地域といえます。
チェンナイ(東海岸域)
年間を通じて高温多湿な地域です。4月から6の気温は40度近くになり湿度の高い日々が続きます。7月から9月は多少気温が下がり、雨季の10月から12月は、気温が30度以下になりしのぎやすくなります。
コルカタ(東部ガンジス河下流域)
4月から5月の気温は30度台ですが湿気があります。6月から9月が最も多く雨が降り、11月から2月は冬の乾季で気温は20度台です。
気温も下がり降水量も少ない11月から2月が過ごしやすいといえます。
■人口:約14億2,862万人(2023年7月時点)
インドの人口は2023年7月時点で約14億2,862万人(出所:アメリカ中央情報局『The World Factbook』)であり、世界第1位の人口大国です。人口構成は典型的な発展途上国型のピラミッド型であり、日本の平均年齢が48.4歳であるのに対してインドは28.2歳と、中国の平均年齢の38歳と比べても若年層の割合が高くなっています。2023年には中国を抜いて人口世界1位になっています。その後2030年までに約15億人、50年までには約17億人に達するとされています。
【主要都市の人口】

※デリーはニューデリーとオールドデリーに分けられます。ニューデリー内には、連邦の首都圏機能を有するニューデリー行政区があります。
【インドの人口ピラミッド(2023年)】

【中国の人口ピラミッド(2023年)】

【日本の人口ピラミッド(2023年)】

出所:CENTRAL INTELLIGENCE AGENCY “The World Factbook”
■日本との時差:-3時間30分
日本との時差は-3時間30分(UTC:+5:30)で、日本が正午のときインドでは午前8時30分です。インドではサマータイムは採用していません。
■言語
ヒンディー語が連邦公用語で、英語は準公用語です。
世界四大文明の一つ、インダス文明の発祥地でもあるインドは、5000年にも及ぶ長い歴史のなかで、アーリア人やイスラム民族、モンゴル人などさまざまな民族の侵入、統治を繰返し経験してきました。そのため、多民族国家であり、さまざまな言語が使用されています。
連邦公用語であるヒンディー語は、人口の約40%が母国語としています。使用言語は30以上になり、方言を加えると2,000前後の言語があるといわれています。準公用語の英語は、インド人英語話者は1億2,900万人以上存在し、アジア諸国でのインド人の英語能力は最も高いといわれています。大学の授業は、基本的には英語で行われており、インド国内のビジネスシーンでは州をまたぐ場合、インド人間でも英語によるコミュニケーションが一般的となっています。なお、インド人英語話者は「インド訛り」が強く、アメリカ英語やイギリス英語に慣れていても、聞き取るのが難しいと感じるでしょう。
■宗教
インドは人口の8割以上をヒンドゥー教徒が占め、カースト制度などといった宗教色の強い国といわれています。
【各宗教の割合】

一般的にヒンドゥー教徒は菜食が中心で、牛肉、アルコールは禁じられています。イスラム教は豚肉とアルコールが禁じ、一方キリスト教には食べ物に関する制限はありません。外観上ターバンを巻いている男性はシク教徒で、サリーをまとう女性はヒンドゥー教徒です。イスラム教やシク教徒の女性は、肌の露出を避けるためパンジャビドレスやブルカを着用しています。
近年では、近代化や西欧化に伴い、宗教に対する価値観はより多様になってきており、宗教の枠組みを超えたコミュニティーも発達してきました。
■通貨

使用通貨はインド・ルピー(Rupee・Rs)です。1.90円/ルピー(Ttm/2024年6月3日時点/三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社)為替制度は、完全変動相場制をとっています。2010年7月には、これまで明確にされていなかったルピーの記号が決まりました。ルピーの下の単位はパイサ(100パイサ=1ルピー)ですが、物価の安いインドとはいえ、この単位でのやり取りは少なく、パイサは切りのいいルピーに丸められてしまうことがほとんどです。
100,000ルピーは1ラック(lakh)、100ラックは1クロー(Crore)と呼ばれています。カンマの位置ですが、インドではこのラック、クローを基準に考えるため、1,00,000(1Lakh)、1,00,00,000(1Crore)となっており、日本で一般的な3桁区切りのカンマと位置が異なります。見慣れないうちは多少混乱する可能性があります。
インドルピーと日本円の動き

参照:Refinitiv
インドの政治体制と歴史
政体連邦共和制
元首ドロウパディー・ムルム(2022年7月25日就任)
政府首相 ナレンドラ・モディ(2024年6月9日就任)
外相スプラマ二ヤム・ジャイシャンカル
国家元首は大統領で任期は5年です。首相は大統領が任命することになります。
インドの政治体制の特徴として、英国式議院内閣制、共和制、連邦制があげられ、独立以来、議会制民主主義を堅持しています。
議会は二院制(上院245議席、下院545議席)であり他の国々と同様に、直接選挙で選ばれた議員で構成される下院のほうが上院よりも優位性を有しています。
2014年4月から5月に行われた第16回下院議員総選挙では、インド人民党(BJP)が単独過半数を超えて、インド人民党(BJP)政権が発足しました。
2024年6月には下院選挙が行われ、モディ氏率いるインド人民党が当選しました。この選挙を持ってモディ氏は3期連続の当選を果たしています。
■政治史
1947年―イギリスからの独立
1947年8月15日、インドは、パキスタンとの分離に伴い、イギリスの植民地支配から独立しました。イギリスからプラスの遺産として議会制民主主義を引継ぎ、現在においても世界最大規模の議会制民主主義国家となっています。
1947年~1964年―ネルー政権
独立運動で大きな役割を果たした国民会議派で、マハトマ・ガンディーとともに独立運動を指導したジャワハルラール・ネルーが初代インドの首相に就任しました。ネルー首相は、外資や輸入を厳しく規制するとともに、社会主義的な経済開発政策を打ち出し、統制経済を目指しました。いわゆる混合経済体制であり、その後のインド経済の基盤を決定づけることになりました。
混合経済体制下、重厚長大産業が重視され、公的機関が積極的に経済開発に関与するようになり、輸入代替工業化政策を展開します。一方で民間企業の活動は制限され、法令の制定により業界参入については産業ライセンス取得が義務づけられるようになりました。
ネルー首相率いるインド与党国民会議派は、一党優位政党制として1960年代の半ばまで圧倒的な力をみせ、彼が在任期間中に打ち出した政策が功を奏し、インド経済は年率4%ほどの成長で順調に推移していきました。
1964年、ネルー首相の死去後、彼の娘であるインディラが、父と同じく国民会議派から政界に出馬し国会議員となりました。彼女は大臣職を経て1966年に首相になりました。
インディラ・ガンディー首相は、ネルー首相の社会主義路線を強化しました。公企業は、銀行、保険等のサービス部門にまで及び、産業ライセンス制度も拡大されました。経済統制も、貿易、金融、流通、価格において強化がなされました。 インディラ・ガンディー首相の強権的手法には党内からの反発もあり、1969年、国民会議派は、インディラ・ガンディー派と長老派に分裂します。また、経済政策も行き詰まりをみせ、反政府運動が高まります。1975年に、インディラ・ガンディーはこういった反政府運動を抑制するため非常事態宣言を発令しました。こうした行きすぎた統制は国民の賛同を得ることができず、1977年3月の総選挙により、国民会議派は敗北し,野党4党が合同で結成したジャナタ党に政権が交代しました。
1980年代―混迷する政治
新政権は、富農優遇策や小規模工業優遇策を打ち出しますが、社会主義的な統制経済路線は変わることがありませんでした。その後、ジャナタ党も国民会議派も分裂し、1980年代には多党乱立の時代に入りました。
そうした中で、インディラ・ガンディーが1980年首相に返り咲くものの84年に暗殺され、ガンディーの息子のラジブ・ガンディーが後任となりました。
ラジブは、公共投資の増加と民間部門の規制緩和を行い、80年代後半GDP成長率は平均5%以上になりました。
しかし、社会主義的な経済政策を基調に展開するインド経済は、慢性的な貿易赤字と巨額な財政赤字により、行き詰まりを見せ始めます。
国民会議派が求心力を失うとともに頭角を現したのが、インド人民党です。インド人民党は、ジャナタ党から分離した政党であり、ヒンドゥー至上主義を掲げ、規律を重んじたことから、政治家の汚職に不満を持つ民衆の支持を受け、都市中間層の間で支持者を集めます。
89年の総選挙で、ラジブ・ガンディーの政治的スキャンダルにより、国民会議派は大敗します。国民戦線(政党)からV・P・シンが首相に任命されますが、発足1年もたたずして内閣総辞職し、続くジャナタ・ダル(政党)出身のチャンドラ・シェカルが首相に就任しますが、わずか4カ月で総辞職となりました。1991年5月に再び総選挙が行われる間に、イラクがクウェートに侵攻したことに端を発し、91年1月に勃発した湾岸戦争は輸入原油価格の高騰、輸出の減少、中東インド人出稼ぎ労働者からの送金の減少を招き、91年1月のインドの外貨準備高は輸入決済2週間分に相当する140億ルピーまで減少するという国際収支危機に陥りました。
1991年―経済自由化路線の幕開け
1991年5月にラジブ・ガンディーが暗殺され、国民の同情票から国民会議派が再び政権を握り、ナラシマ・ラオが首相に就任します。この当時大蔵大臣に任命されたのが、後に首相となるマンモハン・シンです。
政府はIMFから緊急融資を受けてこの危機を乗り切るとともに、社会主義的計画経済を含む混合経済体制から、規制緩和・撤廃、為替レートの引下げ、貿易自由化、外貨導入等を組み入れる経済自由化路線に転じる政策を打ち出し、マクロ経済の安定化を目指すことになりました。
1990年代―連立政権
1990年代に入りインドの政党政治は多党化が進み連立政権の時代へと入っていきました。
96年総選挙で、ラオ政権は、経済改革の恩恵が一部の富裕層に偏り、経済格差が拡大しつつあったことで国民の支持を得られず、政権は国民会議派からインド人民党に移りました。
インド人民党から創始者であるバジパイが首相になりますが、信任が得られず、辞任に追い込まれ、統一戦線が国民会議派の閣外協力を得て、96年6月にゴーダ政権が発足しました。
その後、97年にゴーダ政権は国民会議派の支持撤廃を受けて辞任、統一戦線からグジュラール政権が発足しましたが、国民会議派の協力が得られず崩壊しました。
98年インド人民党を中心とする連立政権が第一党となり、政権を握りバジパイ連立政権が誕生しました。20以上の政党から成るこの連立政権は、「国民民主連」と呼ばれます。
インド人民党は核実験を実行するなどしましたがし、IT産業の振興や外資導入を積極的に推進し、インドの実質経済成長率7%超の高成長を軌道に乗せることに成功しました。しかし、経済格差の拡大から、多数の農民や貧困層からの支持を得ることはできず、2004年5月の選挙で大敗を喫し、国民会議派が8年ぶりに政権の座に返り咲きました。
2004年―シン政権誕生
2004年5月、経済自由化路線に踏み切ったラオ政権時代に大蔵相を務めたマンモハン・シンが首相に就任し、経済自由化の路線を更に推し進めました。
2009年―シン首相再任
2009年5月の下院選挙で国民会議派率いる与党連合が圧勝し、マンモハン・シン首相が再任されました。
2010年10月―日印経済連携協定締結の正式合意
経済連携協定(EPA:Economic Partnership Agreement)発効後10年間で日本の輸出品(たとえば自動車部品、鉄鋼、DVDプレーヤー等)の約90%分、インドの輸出品(鉱工業品、カレー、紅茶等)の約97%分の関税を段階的に撤廃し、経済の活性化を目指すとしています。ただし日本が輸出する完成車、インドが輸出するコメ、麦、牛肉等は関税撤廃の対象外となります。
2012年3月ー5週の議会選挙
2012年1月から3月の間、ウッタル・プラデシュ州、パンジャブ州、ウッタラカンド州、マニプール州、ゴア州の5州で州議会選挙が行われました。このうちウッタル・プラデシュ州はインド最大の人口を有するため、今後の政局を大きく左右すると考えられていましたが汚職事件や長引くインフレを背景に、与党第1党である国民会議派は不振、結果、同州を含む3州で社会主義党が政権を獲得しました。
2012年4月ー第4回BRICSサミット
ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカの新興5カ国からなる第4回目のBRICSサミットがインド国内にて初めて開催されました。会議では、各国の経済成長の拡大に向け、域内通貨の利用促進、技術協力関係の強化等を行なう合意がなされました。
2012年4月-閣僚級日印経済対話
日本–インド間における経済関係強化を目的に閣僚級日印経済対話の初会合がニューデリーで開催されました。主な焦点はデリー・ムンバイ間産業大動脈(DMIC)構想の実現であり、インフラ整備を中心にDMIC事業の促進を行なう意向で合意しています。
2013年12月ー5州の議会選挙
2014年前半の下院総選挙への影響が大きいとされていた、5州(デリー連邦直轄地、チャティスガール州、マディア・プラデシュ州、ラジャスタン州、ミゾラム州)の州議会選挙が行われました。当時の政権であった国民会議派がミゾラム州を除き大きく議席数を減らす結果となったことで、総選挙ではインド人民党による政権奪還が期待されます。
2014年5月―インド下院総選挙
5月16日に開票が行われた下院総選挙では、インド人民党が30年ぶりとなる単独過半数の議席を獲得し、10年ぶりの政権交代が実現し、5月26日にナレンドラ・モディが第18代首相に就任しました。背景としては、国民会議派の汚職が目立つ一方で、グジャラート州首相での行政手腕とクリーンな政治を心がけるモディ首相に注目が集まったからだといえます。
2014年6月ーインド29番目の州誕生
アンドラ・プラデシュ州から分割した形で、デカン高原周辺に29番目の州となるテランガナ州が誕生しました。2024年までには、ハイデラバードがテランガナ州とアンドラ・プラデシュ州共通の州都となる予定です。
2014年10月―ハリヤナ、マハラシュトラ州選挙
日系企業のみならず多国籍企業も多く進出しているハリヤナ州及びマハラシュトラ州において、州選挙が行なわれました。両州ともに前回選挙では国民会議派が政権を担っていましたが、下院総選挙の勢いそのままに両州においてインド人民党が勝利を収めました。
2016年5月―タミルナドゥ州議会選挙
主要都市の一つであり、日系の自動車業界も多く位置するチェンナイが所属するタミルナドゥ州で州議会選挙が行われ、与党の全インド・アンナ・ドラビダ進歩連盟(AIADMK)が議席の過半数を占め、ジャヤラリータ州首相が続投することとなりました。
2016年8月―グジャラート州の首相交代
インド北西部に位置するグジャラート州のアナンディベン・パテル首相が1期目の途中で辞任を表明し、ビジェイ・ルパニ氏が新しく就任することになりました。ルパニ氏はモディ首相の属するインド人民党(BJP)に所属しています。
2017年7月25日ラーム・ナート・コーヴィント大統領誕生
プラナブ・ムカジー現大統領の後任を選ぶ選挙で、上下両院議員と州議会議員によって7月17日に間接選挙が行われました。首相が政治の実権を握るインドでは大統領は国家統合の象徴的な存在であり、ダリット(被差別民)出身大統領は1997年に就任したナラヤナン氏以来2人目です。
2022年7月25日ドラウパディ・ムルム大統領誕生
ラーム・ナート・コーヴィント大統領の任期満了に伴う大統領選の開票が行われ、モディ首相の与党インド人民党(BJP)が擁立したドラウパディ・ムルム(前ジャルカンド)州知事が大統領に選ばれました。ムルム氏は先住民族サンタルの出身初、女性としても2人目の大統領となります。

インドの教育
■教育の現状
インドの教育は、原則として州政府の管轄となります。初等教育が義務教育(2州を除く)です。大学及び大学に準ずる高等教育機関は全国に197あります。識字率はインド全土で74.4%ですが、地域によって格差があり、識字率の最も高いケララ州は93.91%であるのに対し、識字率の最も低いビハール州は63.82%です(2011年国政調査)。
■教育システム
インドの教育システムは、連邦政府・州政府・地区という3つのカテゴリーで行われており、州によって教育カリキュラムが異なる場合があります。概説すると初等教育、中等教育、高等教育の3つに大別されます。
6歳から14歳までの8年間は、義務教育期間であり、すべての子供に初等教育を受ける義務があります。インドの初等教育の就学率は100%といわれていますが、経済的・社会的理由または、教育の質の低さ等が原因で、途中で退学する子供が多く見られます。
14歳から18歳までの4年間は中等教育を受けることができますが、実際に初等教育から中等教育に進学する生徒の割合は3割程度といわれています。学年末試験で一定の成績を収めなければ、進級・進学ができません。また上級中等学校終了時にも試験があり、この試験をパスすることが高等教育へ進学する条件となっています。
日本の場合、大学進学の際には大学ごとの入学試験がありますが、インドでは、基本的に大学入試のシステムが無く、卒業時に行われる全国共通試験で、進学が決まります。

参考文献
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https://www.cia.gov/the-world-factbook/countries/india/
National Portal of India「State of Union Terriotories」「Plofile of the President」
https://knowindia.india.gov.in/states-uts/
https://presidentofindia.nic.in/profile.htm
Adda247 current Affairs
https://currentaffairs.adda247.com/states-and-capitals/
Macrotrends「Delhi, India Metro Area Population 1950-2023」「India Population 1950-2023」
https://www.macrotrends.net/cities/21228/delhi/population
https://www.macrotrends.net/countries/IND/india/population
World Bank「India population」
https://data.worldbank.org/country/india?view=chart
Worldometer 「India population」「China population」
https://www.worldometers.info/world-population/india-population/
World Data.info「Median age by country」
https://www.worlddata.info/average-age.php
Wikipedia 「List of countries by English speaking population」
https://en.wikipedia.org/wiki/List_of_countries_by_English-speaking_population
Reserve Bank of India 「Exchange Rates」
外務省サイト「インド基本情報」「各国の元首名等一覧表」
https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/india/data.html
Minisutry of Education release 「All India Survey on Higner Education (AISHE)2020-2021」
https://pib.gov.in/PressReleseDetailm.aspx?PRID=1894517
Literacy rate in india in 2022
https://www.researchgate.net/publication/363173220_LITERACY_RATE_IN_INDIA_IN_2022
https://www.cia.gov/the-world-factbook/countries/india/
Department of Economic and Social Affairs Population Division
https://www.un.org/en/desa
